2012年1月1日日曜日

老司校区を知ろう 6

第6回 老司瓦(系)の展示施設案内

~老司瓦(系)の展示施設をご紹介します。
 お近くの施設で見学しましょう~

東京国立博物館        台東区上野公園
太宰府観世音寺        太宰府市観世音寺
福岡市埋蔵文化財センター   福岡市博多区井相田
福岡市博物館         福岡市早良区百道浜
鴻蘆館            福岡市中央区城内
九州歴史資料館        小郡市三沢
老司公民館          福岡市南区老司
大宰府展示館         太宰府市観世音寺
筑紫野市歴史博物館      筑紫野市二日市南
玉名市立歴史博物館      玉名市岩崎
太宰府市文化ふれあい館    太宰府市国分
小郡市埋蔵文化財調査センター 小郡市三沢
甘木歴史資料館        朝倉市甘木 
豊津町歴史民俗資料館 等   みやこ町豊津 


*老司公民館の老司土塀と老司老松神社拝殿に再現された老司瓦が葺いてあります。


<老司公民館だより 2012年1月号>

2011年12月1日木曜日

老司校区を知ろう 5

第5回 観世音寺と老司瓦
~府の大寺「観世音寺」の発願と創建~


1.斉明天皇と筑紫

661年7月、斉明天皇は唐と新羅に滅ぼされた百済復興
のために、倭王権の軍勢を率いて飛鳥から筑紫に至りながら、筑後川中流域の朝倉橘広庭宮(朝倉市)で崩御した。以後、息子である中大兄皇子(のちの天智天皇)が指揮をとる。
663年8月、朝鮮半島の白村江で倭・百済連合軍は、唐・新羅連合軍に大敗、百済は完全に滅亡し、倭国は百済の亡命者を連れて朝鮮半島から完全に撤退。
671年までの間に、天智天皇は観世音寺建立を発願。
2.観世音寺の創建 (諸説あります)

◇創建7世紀説

上帯・下帯の唐草文から天武天皇11年(682)貢納の
大鐘、現存する梵鐘の可能性が高い。
朱鳥元年(686)に筑紫に運ばれた川原寺の伎楽。封200戸の施入。
老司式瓦(観世音寺の創建瓦)は飛鳥の川原寺(天智天皇の時代に創立)式を原型とする。
川原寺と観世音寺の伽藍の類似。
→朱鳥元年に観世音寺伽藍完成、寺院活動開始。
天平18年(746)6月18日に玄昉を導師として供養が行われたという「扶桑略記」や「元亨釈書」の記録は本尊の完成を意味する。

◇創建8世紀説

天平18年(746)6月18日に玄昉を導師として供養が行われたという「扶桑略記」や「元亨釈書」の記録を重視。
発掘調査では、7世紀時代の寺院の跡がみられない。
朱鳥元年(686)の封200戸施入は造営着工の為。梵鐘の存在から、7世紀末頃に本格化。
老司式瓦は藤原宮(694遷都)の瓦を原型とする。
→和銅2年(709)元明天皇、完工を督促。養老7年(723)沙弥満誓の太宰府赴任を契機に天平7年(735)府大寺
読経の頃には主要部は機能。疫病流行や藤原広嗣の乱などで中断、天平17年(745)玄昉下向により発願から80余年を経て完成。
(「府の大寺 観世音寺の創建を探る」シンポジウム資料より)

<老司公民館だより 2011年12月号>