2012年3月1日木曜日

老司校区を知ろう 8

第8回 老司地区の古墳・2~卯内尺古墳群~

卯内尺古墳群は福岡市南区老司3丁目26番にあります。那珂川の左岸の丘陵上にあり標高は一番高い所で35mくらいです。丘陵からは福岡平野の南側が見渡せます。この辺りは弥生時代には奴国と呼ばれた地方であり古代史上重要な地域です。
同じ丘陵上には老司古墳(4世紀末~5世紀初め頃)や卯内尺古墳(4世紀中頃)が存在し、三角縁神獣鏡や大量の鉄器などが副葬されていました。
 卯内尺古墳群は、これらの古墳に続く時期の古墳群と考えられ、以前から数基の古墳が存在することは知られていました。平成22年11月、宅地造成に伴い今回発掘調査が行われました。
今回の調査で卯内尺古墳群には5基の円墳が存在していることが分かりました。古墳の作られた時期は、出土した土器などから、5世紀前後(今から1600年位前)と考えられます。古墳時代は各地の有力者のお墓がたくさん作られた時代で、卯内尺古墳群もこの辺りの有力者の墓地だったと考えられます。
(福岡市教育委員会現地説明会資料より)

<老司公民館だより 2012年3月号>

2012年2月1日水曜日

老司校区を知ろう 7

第7回 老司地区の古墳・1
~卯内尺(うないじゃく)古墳~

老司地区は、あまり広くない丘陵と丘陵の間の谷部からなり、丘陵の先に平野が広がる地形でした。
特に丘陵部には古墳時代前期の重要な古墳が密集しています。
卯内尺古墳(4世紀中頃)・老司古墳(4世紀末~5世紀初め頃)の両前方後円墳は長さ75m前後と、古墳時代前期の福岡平野では、もっとも大きな一群で、老司地区のみならず、福岡平野全体を治めた人の墓と考えられます。
卯内尺古墳は、昭和中頃までにほとんど破壊されていましたが、明治時代に書かれた記録と、平成3年にわずかに残った部分の発掘調査により、長さ75m前後、前方部三段、後円部三段に築造され、後円部には竪穴系の石室があったものと考えられています。
副葬品は日本製三角縁神獣鏡1面、銅鏃1点、鉄剣1点、錦などの出土が伝えられています。
(福岡市埋蔵文化財課資料参照)



<老司公民館だより 2012年2月号>